エルドアン大統領の歴史観

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「米大陸を発見したのはムスリム」?

今月15日にトルコのエルドアン大統領が「コロンブスよりも先にムスリムがアメリカ大陸を発見した」と述べたことがトルコ国内外で話題となっているが、この件について中東情報メディア「AL-Monitor」でムスタファ・アキヨルが論評している。

Mustafa Akyol. “From Ataturk to Erdogan: Turks rewrite history”. Al-Monitor. Nov 20th, 2014

この唐突とも思える発言は、トルコの宗教情勢局によって主催された「第一回ラテンアメリカイスラム指導者サミット」での講演時になされた。この会議には40か国から75人のイスラム指導者が招かれていたという。

大統領は「コロンブスの回顧録にも、キューバの海岸の丘の上にモスクが立っているのを見たと書いてある」と主張したが、実際のところ、この文章は「きれいなモスクの形をした丘を見た」と解釈する説が有力であるという。もっとも、先住民が居住していた大陸を「発見」したという表現自体に論議があり、一部に、中世の海図などからイスラムの航海者たちが米大陸に到達していたとする説もないわけではない。

ただし、アキヨルの論点は「実際に米大陸を発見したのが誰か」ということにはない。それよりも重要なのは、このことが語られた演説全体の文脈だ。米大陸の発見についてのエピソードは、イスラム文明の歴史の偉大さを強調する全体の演説の一部にすぎない。

大統領は、ムスリムによる米大陸の発見に加え「イスラムの歴史には植民地主義はなかった」と述べるなど、暗に、西洋文明に対するイスラム文明の優位性を強調した後で、「私は私たちの教育省とYOK(高等教育委員会)の肩に担わされる重要な責任がある事をはっきりさせなければならない。歴史について書く目的は、科学と芸術における東洋と中東、そしてイスラムの貢献を示すことだ。自らの国の大統領として、私は私たちの文明が他の文明より劣っていると(いう歴史観を)受け入れることはできない」と付け加えた。

アキヨルはこの演説のポイントとして次の三点を指摘する。第一は「私たちの文明が他の文明より劣っていると受け入れることはできない」という宣言。第二は「だからこそ「私たちの歴史」を書かなければならない」という歴史改訂の必要性の強調。そして最後に、アキヨルが考える最も重要な点として「国家指導者の後援によって、国家が歴史改訂の先頭に立つべきだ」という主張だ。
 

国家のアイデンティティの基礎となる「歴史観」
 
エルドアンはイスラム国家主義の立場から、このような歴史の再編纂を行おうとしているのだが、これは、宗教が持つ危険な特性でも、彼の個人的な独創でもない。実際に、近代トルコの建設者であり世俗主義者であったケマル・アタテュルクも同様の歴史の再定義を行っていた。

エルドアンは、イスラムの黄金期について言及するが、アタテュルクは世俗的な国家主義者として、トルコ人のルーツにさかのぼる。トルコ人の故郷である中央アジアこそ「文明のゆりかご」であり、アルファベットを発明したシュメール人も、ピラミッドを建設したエジプト人もその末裔であるとして、学界に対してもそのような立場の研究を促した。

また、考えてみれば、歴史の改変、創作は、トルコに限ったことではない。アタテュルクが、誇るべき歴史の物語を作ることで、新生トルコの国民達に自信を与えようとしたことでもわかるように、アイデンティティの確立は、自分のルーツに対する物語(narrative)と直結している。

古くは宗教や神話が、それぞれの民族に物語を提供してきた。近代においては欧米を中心に「世俗化の神話」が盛んに語られた。人間は「社会的存在」であるとともに「歴史的、神話的存在」でもあるのだろう。誇るべきルーツを語って足場を固めることにより、未来に向けた活力や使命感、そして国民の連帯を強化することが可能になる。

問題は、その物語が他の民族、国家への対抗心や敵意と共に語られる場合が多いことだ。そして、その物語が持つ影響力が強ければ強いほど、戦いに向かって人々を駆り立てる力にも成り得る。それは「カリフ」や「ジハード」という神話的概念を、シーア派や西洋文明に対する敵意と共に振りかざす「イスラム国」を見れば明らかだ。

「物語」を紡ぐ動機に、憎しみや敵意をおいてはならない。その点で、エルドアン大統領の言葉に西洋文明への対抗心がほの見えることが、一つの懸念材料として映るのだろう。

トルコは日本にとって貴重な友好国である。その国の描くアイデンティティや世界観が、自国民に誇りと自信を与えるとともに、国際社会からも歓迎されるものとなることを望みたい。

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