教皇トルコ訪問と宗教間対話の行方

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教皇フランシスコは11月28日から30日までトルコを訪問した。今回の訪問の目的について、2007年からバチカン関連の情報をカバーしているジョセフィン・マッケンナが三点にまとめている。

まず第一は、正教会との間に教会の統合の絆を深めること。二点目は、キリスト教徒がムスリムと共存できることの確認。そして、最後が中東における平和の実現である。

いずれも、キリスト教会内部、あるいはキリスト教とイスラムという違いはあるが、宗派間対話、宗教間対話の進展が鍵となっている。

Josephine McKenna. “3 things Pope Francis hopes to accomplish in Turkey”. Religion News Service. Nov 26th, 2014
 
 
第二バチカン公会議50周年

キリスト教は現在さまざまな教派に分かれているが、大きな流れとしては三つである。カトリック、プロテスタント、そして正教圏だ。これらをすべて合わせると、キリスト教人口は20億に迫り、実に世界の3~4人に一人はキリスト教徒であるという計算になる。

人口として最も大きいのはカトリックであり、およそ12億人の信徒を抱えている。一方、依然として世界第一の超大国である米国はプロテスタントを中心に建国された。その米国が、最近、対立を深めるロシアは言うまでもなく正教圏だ。

これらいくつかに枝分かれした教会の全体性を回復しようという試みが、いわゆるエキュメニカル運動である。カトリックがその方向性を打ち出したのは、第二バチカン公会議の時、1964年11月。まさに、法王が今回のトルコ訪問で、正教圏のトップであるバルトロメオ世界総主教と会見した今年11月は、そこから数えてちょうど50周年になる。

ちなみに、共同声明が発表された11月30日は、聖アンデレの祝祭である。東方教会を開拓した聖アンデレは、ローマで西方教会の礎を築いた使徒ペテロの血をわけた兄弟とされている。従って、カトリックと正教のトップが会見するには最適の日といえるだろう。

20世紀の終わりに長期間にわたって在世したヨハネ・パウロ二世が教派間、あるいは異宗教との間での対話に積極的だったことはよく知られている。更に、後継者であるベネディクト16世も、その路線を継続し、着実に強化していった。ベネディクト16世時代の宗派間対話については『Foreign Affairs』でビクトル・ガエタンが詳しくまとめている。

Victor Gaetan. “The Church Undivided”. Foreign Affairs. 2013MAY/JUN
 
 
バチカンが宗教対話を加速する理由

対話と統合に向けた動きは、フランシスコの教皇就任以来、ますます加速している。そして、そこにはいくつかの要因がある。一つには、フランシスコ自体がアルゼンチン時代から教派間、宗派間対話に積極的に取り組んできた人物であること。そして、もう一つが、社会情勢の変化である。以前にもまして、教会が一つの声をあげることが切実に必要とされる問題が増えてきている。

その問題は大きく分けると二つある。中東やアフリカなど、キリスト教徒が少数派である国での抑圧、迫害の深刻化、そして、世俗主義、物質主義の台頭による倫理・道徳的危機である。以前に取り上げたバチカンでの「男女の相補性」に関する異宗教間対話などは後者の危機に対応するものだ。

言うまでもなく、今回のトルコ訪問、およびバルトロメオ総主教との会見は、前者の危機に対処するものである。シリア内戦や、イスラム国の台頭などにより、中東地域での少数派キリスト教徒に対する抑圧はかつてなく高まっている。20世紀初頭には中東地域の人口の1割はキリスト教徒が占めていたが、現在、その割合は5%にまで低下している。勿論、トルコに流れ込んだシリア難民にもキリスト教徒が多く含まれている。

特に、この問題の解決には、キリスト教会内部のエキュメニカル運動の推進だけでなく、イスラムとの対話も不可欠である。教皇はトルコ訪問中にはイスラム聖職者と共にモスクで祈りを捧げ、バチカンに戻ってからも「イスラムは平和の宗教」「クルアーンは平和の預言書」であると表明するなど、その姿勢は明確だ。

Cheryl K. Chumley. “Pope Francis: Koran ‘is a prophetic book of peace’”. The Washington Times. Dec 1st, 2014
 
 
教皇の前に立ちはだかる壁
 
ただし、教皇のこうした努力の前には多くの壁が立ちはだかっている。ガエタンの最新の論文でも、そのことが触れられている。

Victor Gaetan. “Catholic Geopolitics”. Foreign Affairs. Nov 28th, 2014
 
 
トルコのエルバラダイ大統領について、バチカンは、世俗主義者のアタテュルクよりもましなパートナーだと捉えているが、イスラム国家主義を推し進める彼の下で、今後、キリスト教徒がどのような運命をたどるのかは不透明である。先日も触れたように、エルバラダイ大統領は、歴史教育においてもイスラム色を強める意向を持っている。トルコ中産階級の間に、イスラム国など過激主義にシンパシーを覚える層が生まれているという心配な兆候もある。その危機感も、バチカンがトルコを訪問した理由の一つになっているだろう。

Gunes Murat Tezcur. Sabri Ciftci. “Radical Turks”. Foreign Affairs. Nov 11th, 2014
 
 
一方、バルトロメオ1世総主教とフランシスコ教皇との関係は非常に良好だ。ただ、バルトロメオ1世が世界総主教の名前にふさわしい影響力を正教圏全体に持っているわけではない。正教はカトリックと違い、世界的に統一されたヒエラルキー(階層構造)があるわけではなく、地理的に分けられた15の独立正教会やその他自治正教会などから構成され、それぞれの首長は対等という位置づけだ。

コンスタンティノープル総主教が世界総主教と称しているが、それは、あくまでも席次の上でのことであり、ローマ教皇のようにヒエラルキーの頂点に立っているわけではない。むしろ、正教圏で最も大きな勢力を誇っているのは、ロシア正教である。ロシア正教のキリル総主教とバチカンの関係は良好だったが、現在、その関係にウクライナ問題が影を落としている。世界総主教の座を軽んじる傾向のあるロシア正教とバルトロメオとの関係も複雑だ。

しかし、こうした状況にも関わらず、教皇の決意、および50年間にわたって継続されている教会一致に向けた方向性は揺らいでいない。国連も思うような役割を果たせていない現在、宗教圏が平和に向けて一致した声を上げ、実際的な行動をとることには大きな意義がある。次のバチカンの一手が注目されるところだ。

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