イスラム過激主義に対抗するのはイスラムだ

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世界で相次ぐイスラム過激主義者によるテロは、当然のことながら、特に欧米でのムスリムに対する見方を厳しいものにしている。「ムスリムの入国を禁止すべきだ」というドナルド・トランプの発言は極端で同意しがたいものだとしても、似たような不安を覚える市民は少なくないはずだ。上記発言の後にモンマス大学が行った世論調査でも、トランプは依然として共和党大統領候補の中で首位を快走しており、実に40%を超える高い支持を誇っている。

Ryan Struyk. “Donald Trump Hits 41 Percent Support and Widest Lead Yet in New National Poll”. abcNews. Dec 14, 2015
 
 
当然、その不安を拭う動きはムスリム自身から出てこなければならない。パリの惨劇の後、フランス政府によって複数のモスクや祈祷所が閉鎖され、過激な説教を行うイマームへの取り締まりも厳しくなったが、一方で、移民の若者たちの過激化対策に、穏健な聖職者たちが貢献する道も模索されている。

エジプト、カイロに本部を置くスンニ派の教育・研究機関「アル・アズハル」は、今回のテロ事件の発生前に「穏健な聖職者たちがフランスに必要だ」とフランス当局者に忠告していた。

彼らは「聖職者をフランスに送るか、聖職者の訓練を提供する用意がある」としており、そうした穏健な聖職者たちの増加が「テロリストを導けないとしても、その他のムスリムを守ることができる」と主張する。勿論、それらの穏健な聖職者を過激派から守るための努力も、同時に必要となるだろう。

“Senior Muslim cleric urges anti-IS ideological battle”. AFP. Nov 16, 2015
 
 
「イスラム・ヌサンタラ」、インドネシアからの声

中東やヨーロッパから遠く離れた東南アジアでも、イスラム過激主義に対する穏健イスラムからの取り組みは始まっている。その舞台は、1億9000万人以上という世界一のムスリム人口を誇るインドネシアであり、運動を主導するのは、5000万人以上の構成員を持ち、故ワヒド大統領が率いていたことでも知られるナフタドゥル・ウラマ(N.U.)である。

JOE COCHRANE. “From Indonesia, a Muslim Challenge to the Ideology of the Islamic State”. The New York Times. Nov 26, 2015

この記事の中で、キングスカレッジ(英国、ロンドン)のリサーチ・フェローNico Pruchaの言葉が紹介されている。彼は、ISによってネット上に流されるアラブ語プロパガンダの分析を行う立場から次のように述べる。

「私は、西側の政府がISIS(原文表記)のプロパガンダに対処する唯一の方法は『対抗物語(Counter Narrative)』を提示することだと考えている。しかし、そこには現在、何の戦略もない。(西側のリーダーはジハードに惹きつけられやすい人々から信頼されておらず)アラブ語も話せず、ムスリム世界に住んだ経験もない」。

だからこそ、ムスリム内部から提示される『対抗物語』が必要なのである。

N.U.はISに対抗するために90分間のビデオ映像を制作した。その中に、ISの兵士たちが囚人を虐殺し川に投げ込むおなじみの場面が現れるが、その背後で、そうした虐殺を非難するジャワ語の神秘的な詩が流されている。「クルアーンとハディースを記憶する者の多くは、彼ら自身の神への不義を忘れる一方で、他者を異教徒として非難することを好む。彼らの心と精神は猥雑な言葉と泥で汚されたままである」と。

N.U.の霊的指導者A. Mustofa Bisriは「イスラムのスンニ的視点によれば…、宗教のあらゆる要素と表現は愛と同情を染み込ませるべきであり、人間本性の完成を促進する」と語り、そのグループは、寛容性のメッセージを、オンラインを通じて、また、世界各地でのシンポジウムや会議において、展開する。そして、西側の学界とも連携するN.U.の神学者たちがアラブ語を話す男女を訓練するとともに、米国ノースカロライナ州に、インドネシア特有の多元的イスラムを発信する非営利組織も設立した。

同記事によると、これらN.U.の全世界に向けた積極的な取り組みには現実的な動機があると言う。インドネシア自体がバリやジャカルタでの相次ぐテロに苦しんできたが、それらインドネシア国内でのイスラム過激派の動きの背景には、サウジに源流を持つワッハーブ主義の流入とペルシャ湾岸諸国からの資金的な支援があるとされており、アルカイダから資金提供を受けていたとされるジェマア・イスラミア(JI、事実上、壊滅状態)の分派の存在もある。JIについては、2014年7月に設立者のアブ・バカル・バシール(Abu Bakar Ba’asyir)が獄中からISへの忠誠を誓ったことでも話題となった。世界的なイスラム過激主義の広がりを抑えることは、インドネシアにとっても現実的な必要性があるのだ。

インドネシアは、ムスリムが国民の圧倒的多数をしめるにも関わらず、キリスト教、仏教なども繁栄する稀有な多元的イスラム国家だ。非暴力、包括性、多宗教の受容を強調するそのイスラムは「イスラム・ヌサンタラ(インドネシア島嶼群のイスラム)」と称し、世界で最も進歩的なイスラム運動として知られる。欧米社会が、現代の民主社会とイスラムとの調和に懐疑的な視線を向ける中、インドネシアにおけるイスラムのあり方は貴重な示唆を与えるものとなるだろう。

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『クルアーン』と真摯に向き合う

また、米国ではフランスでのテロ事件の直前に、ある書籍の出版祝賀会が行われていた。その書物は『The Study Quran』、英語でのクルアーンの注釈書である。その本は、特に暴力を肯定するような詩句に対して細心の注意を払う。ISの残虐行為をクルアーンが認めていないと信じさせるよう、文脈の中での位置づけを含めた丁寧な解説を加えているのだ。

Daniel Burke. “Could this Quran curb extremism?”. CNN. Nov 27, 2015
 
 
同時に、このクルアーンにはシーアとスンニ両派の学者の解説が含まれている。編集者の一人は「私たちはこれがイスラム世界の統一におけるささやかな貢献になることを望んでいる」と述べた。

また、クルアーンの中には、ユダヤ人とキリスト教徒を非難する詩句もあるが、それらに対しては「ムスリムであっても神を苛つかせ、正しい生活から外れることがある」ことを想起させる。更に、キリスト教徒とユダヤ教徒を侮辱する格言自体が、そもそもムハンマドの発言に基づくものかどうか、議論があることも紹介する。

いずれにせよ、クルアーンの中には、暴力や殺人、異教徒に対する弾圧、さらには女性差別を肯定すると読める詩句すらも含まれている。これらの、現代的基準だけでなく、普遍的な道徳感覚にも反する詩句をどう解釈するのかは、興味本位ではなく、自らの人生をかけてクルアーンを学ぶ者たちにとって、その後の行動、人生を左右する。

米国の著名な聖職者Imam Suhaib Webbは、この『The Study Quran』は「ムスリムが彼らの魂に出逢うのを助けるためにデザインされた」と語る。そして、次のような人々を読者としてイメージする。

「最も手近にある確かなものをつかもうとする、失われた魂である若いムスリムの男性」「オンラインでISISやアルカイダのプロパガンダを見て、彼を過激な行動に駆り立てようとクルアーンを引用する者たちに耳を傾ける若者」。そして、そんな彼らが『The Study Quran』を開き、それらの厄介な詩句についての解説を読んで、それらがテロリストを支持しないと理解する姿を思い浮かべる。

聖典の翻訳、注釈は、それ自体は地味な作業だ。しかし、キリスト教の宗教改革も、ウイクリフやルターを初めとする先駆者たちによる聖書の現地語訳を伴って進展したように、その宗教に向き合おうとする誠実な魂にとっては、重要で不可欠な作業である。

当然だが、この『The Study Quran』に対しては、様々な立場からの批判もある。例えば、あまりに哲学的であり、無数の伝統に開かれすぎている、と。あるいは、多くの貧しいムスリムの若者にとって高価でありすぎる(60ドル)かもしれない。それでも、このクルアーンの真摯な解説に触れて、たった一人でも、過激なテロに進もうとする若者が思いとどまることができるなら、このプロジェクトには取り組むべき価値があったと言えるだろう。

編集責任者であり、ジョージ・ワシントン大学教授のサイード・フセイン・ナスルは語る。「現代イスラムにおいて、過激主義に対抗する最善の道は、古典的なイスラムの復活である」。暴力や残虐行為を肯定する過激主義者に対して、イスラムの教えの真義を明らかにしようとする、これらの努力が実を結ぶことを心から願ってやまない。

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